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君の手のひらの怪文書

とある百合厨のうわ言

今からでもわかるちなすずのポイント7選

 はじめに

 この記事はLostorage incited WIXOSSの森川千夏×穂村すず子限界オタクが書いた妄言です。妄言ですが、これを見た方がちなすずへの興味を深めてくれたらいいな……という願望も若干含まれています。基本的に文章を書くのは得意ではないのでちなすずの魅力を伝えられるか大変心配ですが、これを読んだ後で「うわこいつの頭かわいそう……ロストレージ見てちなすず書いて/描いてやるか……」という気持ちになっていただけると嬉しいです。

1.公式サイトの説明文

 公式サイトで放送前に公開されたキャラクター解説の時点で森川千夏と穂村すず子がただならぬ関係性であることが示唆されており、放送前から一人でテンションブチ上がっていました。

 まずすず子の方は「唯一の親友だった千夏の存在とその思い出に過剰に依存している」と書かれています。「依存している」というだけでもなかなかなのに、「過剰に」という文言でダメ押ししているところがさすがカードバトルにかこつけた女同士の感情バトルアニメだなといった感じです。私は女同士の依存関係が何より好きなのでここではっきり「依存している」と書かれたことで一気に視聴意欲が跳ね上がりました。(もともと前作のファンなので楽しみにしていましたが、その期待度が一気に高まった感じです。)

 一方で千夏の方にも「すず子が向けてくる憧れの感情を誇らしく思っていた」という見過ごせない一文があります。これもなかなか危ない兆候です。憧れる/憧れられるという関係は、それが一方的なものである場合どう見ても対等な友人関係ではありません。すず子は関係に依存し、千夏は対等ではない関係に喜びを感じている。この時点でこの二人に何か起こるのは明白でした。さらに、キャラクター解説には千夏の家が金持ちから貧乏に転落したこともはっきり書かれていたので、千夏がすず子に対して「落ちぶれた自分を見られたくない」みたいな感情を抱いて関係が縺れるのではないか……とも期待していました。(2話でその予想をさらに上回る展開を見せてくれたので本当に感謝しかありません。)

 さらに、すず子と千夏それぞれのルリグの紹介文にも注目すべき箇所があります。リルの「すず子のなかで最も大きな存在である千夏の記憶を反映させ、造形されている」、メルの「千夏のイメージするすず子に似た性格」というのがそれです。今作のルリグはセレクターの記憶から生成される仕組みですが、すず子も千夏もお互いをモデルにルリグを作成していることがわかります。これにも驚かされました。「本気で共依存百合をやりに来てるぞ」と震えましたね……。以上の説明文を読むと、すず子の方がかなり重たい女のように思えますが、実際は……。

2.容姿の対比 

 すず子と千夏のビジュアルが対照的であるところも好きなポイントです。まずすず子はいかにも女の子らしい見た目になっています。茶髪のロングヘアーで、赤いリボンで束ねてツーサイドアップにしてあります。前髪も切り揃えてあり、垂れ目がちで柔和な表情の、本当に「女の子」が意識されたデザインです。合わせて制服にも赤いリボンがあしらわれ、幼少期の私服もワンピースやフレアスカートが多く、可愛らしさが前面に押し出されています。

 一方で千夏はフェミニンでありながらボーイッシュな印象も強い容姿です。黒髪をアシンメトリーにカットしており、パンク系のファッションが似合いそうなかっこいい系の見た目をしています。つり目がちで、意志が強く自信に溢れた表情を見せることが多く、困り笑顔や憂鬱そうに俯いた顔が印象的なすず子とは対照的です。制服も色合いがモノトーン系でまとめられ、リボンではなくネクタイ着用のタイプなので、かっちりしたクールな印象を与えます。子供時代の私服もパンツルックやミニスカ+レギンスなど、動きやすさ重視の活発な印象のものでした。

 このようにすず子と千夏の容姿は対照的に造形されており、並んだときの見栄えがとてもいいです。可愛い女とかっこいい女が並ぶとそれだけで強い!!!そしてカップリングのオタクは対比が好き!!!対照的な要素を挙げて勝手に色々深読みできるし……。

3.OP映像

 OPにもちなすず要素が散りばめられています。まず、冒頭の「私を組み立てる記憶」という歌詞の部分で、すず子と千夏が背中合わせで回るシーンがあり、ここで本作品がこの二人の関係性を巡る物語であることが示されているように感じました。「背中合わせ」で「回る」というところがポイントだと思います。ウィクロスを基点にしてどうしようもなく惹かれ合うけど、互いに交わることはなく同じ軌道をぐるぐる回っている……という読み方が出来てとても好きなシーンです。

 また、「思い出の場所はあの頃のままなのに」という歌詞部分では、その歌詞に対応して千夏がすず子との思い出の公園に佇む様子が映し出されます。ここは第2回を見てからだとさらに感慨が増すシーンです……。「どこから変わったの?信じてたもの迷子になった 季節は過ぎても思い出の場所はあの頃のままなのに」という歌詞が第2回以降の千夏の状況と強く重なる上に、一体彼女は何を思って「思い出の場所」に佇んでいるのか……ということを考えると無限に妄想が広がっていきます。このときの彼女の視線はすず子と「ずっと一緒だよ!」という約束を交わした場所である遊具に向けられているのですが、口を固く引き結び浮かない表情を見せているので、ああ、この千夏は2話以降の千夏なんだな……と感じさせられ、ますますその心の内が気になってしまいます。

 ラストのウィクロスカードに閉じ込められたセレクターたちが現れるシーンも良いです。まず最初にすず子のカードが現れ、次いでほかのセレクターのカードが画面外からスライドしてくるのですが、ちょうど千夏のカードがはっきりと視認できるようになるタイミングで、ほかのセレクターのカードが重なりすず子のカードが見えなくなります。冒頭の背中合わせや、初代キービジュアル(現在のロストレージ公式ツイッターのアイコン)を踏まえると、すず子と千夏は「表と裏」の関係であることが示されているのかなと思っています。(カップリングオタクは対比が(ry)

 補足ですが、OP曲は森川千夏役の井口裕香さんが歌ってらっしゃるので、映像を見なくとも曲を聴くだけで「森川千夏の感情〜〜〜!!!」と盛り上がることができます。

4.ED映像  

 こちらはOP以上に直球でちなすずです。なぜかというと、映像に出てくる人間はすず子と千夏のみで、9割方この二人がセットで画面に現れてきます。前半は幼少期のちなすずが春夏秋冬様々な場所で仲良さそうに遊ぶ姿が映し出されるのですが、途中で二人の姿が消えて背景(美麗)だけが残る、という演出になっているので寂寥感があり胸を締め付けられます。すず子/千夏がセレクターバトルのせいで記憶を失い、過去の楽しかった思い出も失くしてしまったという解釈や、2話以降の千夏がすず子との思い出を断ち切ろうとする方向に移ったため、もうこんな風に楽しげな二人を(物語の終盤にならないと)見ることはできないという解釈も可能であり、とにかく妄想がかき立てられる映像です。

 それ以降もとにかくすず子と千夏の関係性に対する妄想が無限に広がる映像になっています。正直ED考察(という名の与太話)だけで一本記事が書けそうです……。

 ここでも向かい合わせ/背中合わせで同じ軌道を回る、背中合わせで互いの手を握るすず子と千夏が描かれており、「ウィクロスを中心に惹かれあい反発し合う二人」「物語の表と裏」というのが強調されているように感じます。最初にEDを見たときは、2話の内容が衝撃的だったのも相まって「うわー!!!本気で私を殺しにきてる!!!!!」とひっくり返ってました。なんというか、二人の人間が同じ軌道をぐるぐる回る演出は「宿命の二人」という感じがしてとても好きです。呪いとしか形容できない関係が大好きなので、OPでもEDでも「この二人は宿命的な関係です!!!切っても切り離せません!!!」と強調されると「いやどうもお世話になります……」としか言えなくなりますね。

5.版権イラスト

 私の把握している限りですが、アニメ版権イラストもちなすず文脈を強化するものばかりです。まずキービジュアル2種がすごい。第一弾は千夏とすず子の背中合わせで、すず子は笑顔で光に当たり、千夏は神妙な面持ちで影の側という「表と裏」文脈のイラストです。続いて現在の公式サイトトップに使われている第二弾は、すず子と千夏の全身に鎖が絡みつき、またその鎖で強く結ばれている、という直球です。絡みついた鎖で繋がれている女二人がトップ画像のアニメが百合じゃないってんなわけねーだろ……という感じになっています。EDの方でも鎖のモチーフは登場しており、またティザーPVで確認できる千夏の台詞にも「私を縛る鎖」というのがあり、どうやらこの二人の関係性は鎖に例えられるもののようで完全に私を殺しにきてます。(鎖=セレクターバトルの暗喩とも解釈できますが……)

 さらに、主題歌CD2種のアニメ盤ジャケットイラストも強い。OPは上下反転して並んだ千夏とすず子であり、これまた二人の腕が黒い紐に巻き付かれて緩く結ばれています。某吹奏楽アニメで「引力」という紹介がなされていた女二人がいましたが、こっちも負けてねーぞ!と言わんばかりに二人を何かで結びつけようと必死です。そして、EDのジャケイラストではまたまた背中合わせです。背中をくっつけて座った千夏とすず子が描かれています。……どこ見てもちなすずしかいねえ……(最高)

 これから色々増えていくかと思いますが、百合系の版権絵はおそらくちなすずに全振りしていくスタイルなのではないでしょうか。

6.再会系幼なじみ

 すず子と千夏は作中時間からちょうど8年前(当時二人は8、9歳)にすず子の転校で離ればなれになってしまったことが示されています。具体的にいつ頃仲良くなってどれくらいの期間を共に過ごしたのかははっきりとわかりませんが(EDでは春夏秋冬の様子が示されているので最低でも1年間は一緒にいた)再会系幼なじみ鉄板の「再会の約束」「思い出の品」の双方を兼ね備えているので完璧です。どういうやりとりがあったのかという回想もちょくちょくなされているので、幼少期の二人の関係性がどうだったかは本編を見ればすんなり入ってくると思います。

 ちなすずは再会系幼なじみの醍醐味が詰め込まれているカップリングです。前作の劇場版でるみさちという再会系幼なじみの頂点を極めたようなカップリングが出てきたので二番煎じにしかならないのでは……という危惧もあったのですが、るみさちに似た共依存系でありながらまた違うアプローチを見せてくれたのでウィクロスのアニメシリーズには頭が上がりません。

 具体的にどこがどう良いか述べていくと、この共依存型再会系幼なじみという設定は「記憶を賭けて戦う」という今作のセレクターバトルのコンセプトに非常に良く合致しています。母親とはおそらく死別し、父親とはコミュニケーション不足の上に仕事の都合であちこち転居を繰り返し友達のいないすず子にとって、千夏との思い出だけが人生の拠り所です。彼女は絶対に千夏との思い出を失いたくない、だから強制的に参加させられたとはいえ、セレクターバトルを放棄するわけにはいかないのです。また会いたいという強い気持ちや、二人の楽しかった思い出という要素は再会系幼なじみの肝ですが、それ自体が物語の推進力になっているのはさすがというか、何度も言ってますがロストレージは「すず子と千夏の関係性を巡る物語」なんだなあと感慨深くなります。

 また、次の項目でも詳しく述べますが、森川千夏の側では再会系幼なじみの「闇」の部分が凝縮されています。千夏もまた、すず子と同様に思い出を支えにして頑張ってきました。中学のときに父親の会社が潰れて家を引き払ったときも、私立の進学校への入学を諦めていませんでした。志望校へ無事入学して学費免除のために必死に勉強し、さらにバイトも欠かさないという頑張りようです。バイトから帰って夜遅く勉強しているとき、すず子と一緒に撮った写真を眺めて、かつて自分がすず子に送ったエールの言葉である「ガンバ!」という掛け声で自分を奮い立たせている様子が描かれます。

 しかし、2話で千夏の「頑張る支え」であったすず子との思い出が、「生き方を縛る鎖」に反転してしまいます。要するに千夏の側では「会えなかった期間の内に思い出の持つ意味が歪められてしまう」という再会系幼なじみの負の面が強調されているのです。最初はただ純粋にすず子が自分に憧れてくれていることを嬉しく思っていただけだったのが、次第に「すず子に憧れて貰えるような模範的な自分でなければならない」に変わってしまったのが……。

 再会系幼なじみは通常の幼なじみと違って長期間のブランクがあります。その中で変わったもの、変わらないものがあり、それらの絡み合いと互いの認識の擦り合わせがこうしたカップリングの醍醐味だと言えるでしょう。ちなすずにおいては、すず子→千夏の会いたいという気持ち、心の支えになっていることが変わらないものとして保持され、千夏→すず子における同様の気持ちはさまざまな事情が重なって「断ち切るべき鎖」に変質してしまったということです。これを書いている時点(3話放送後)ではまだちなすずが再会してはいないのですが、4話で二人の邂逅が達成されるようなので、これからどのような形で互いの互いに対する認識のぶつかり合いが生じるのか楽しみで仕方ありません。

 7.森川千夏の馬鹿でかい感情

 ぶっちゃけこの項目が書きたくてここまで頑張って書いたという感じです。1で述べたように、事前情報の段階ではすず子の方が感情の重い女だと思っていました。しかし、2話でその考えは覆されます。森川千夏の方が穂村すず子よりはるかに感情の重い女だったのです。

 穂村すず子の森川千夏依存が凄まじいのは事実ですが、それにはそれなりの理由があります。6でも述べたように、家族間のコミュニケーションが不十分であり、その上転校を繰り返していたせいで長く付き合った親友が千夏以外にいないからです。キャラクター紹介文でも「学校に馴染んだ頃に次の街へ転校の繰り返しだったため、周囲に気を遣い慎重に自分を押し殺す習慣に拍車がかかった」と書かれています。そのような状態では、千夏との思い出以外によすがとなるものがないのは当然だと言えます。要するに、すず子の千夏依存は環境の悪さが主因なのです。もし父親がすず子にきちんと向き合い、千夏以外の親友を作ることが出来ていればすず子は千夏に依存せず、セレクターに選ばれることもなかったかもしれません。

 対して森川千夏のすず子依存には、環境的な原因はありません。千夏が中学生のとき、彼女の身にも親の会社が倒産して貧乏生活を送るはめになるという悲劇が起こるのですが、それはすず子依存の原因ではありません。そのずっと前からすでに千夏の心はすず子に囚われていたのです。

 親の会社が倒産し、私立の進学校には行けないかもしれないとなったとき、千夏の心によぎったのは「私、ちーちゃんみたいになる!」というすず子の言葉でした。千夏は親のためや自分のためではなく、「すず子に憧れられる自分であるため」だけに今の無茶な生活(定期テストでの学年順位トップ10キープと連日の夜遅くまで続くバイトの両立)を選んだのです。

 また、セレクターに選ばれた後の千夏は頑なに千夏所持ルリグ(メル)固有のコイン技を使おうとしません。なぜなら、メルのコイン技は「人の心を操る」というもので、そうした行為は「すずの憧れである私」とは程遠い卑怯な行いだと捉えていたからです。しかし、ほかのセレクターたちはみんな千夏の信条などお構いなしに強力なコイン技をバンバン使ってきます。コイン技を使わない縛りプレイをしていた千夏は連敗し、ついには所持コインが1枚にまで減ってしまいます。今作のセレクターバトルにおけるコインはすなわちその人の記憶そのものです。コインをほとんど失くしてしまった千夏は、すず子の記憶すら曖昧になってしまいます。「すず」が誰なのか、何のために頑張っているのか、千夏はその理由を見失います。しかし、皮肉なことに千夏はすず子の記憶を失っていたおかげでコイン技を使う覚悟が決まり、次のセレクターバトルに勝利するのです。コインが2枚に増え、千夏はすず子の記憶を取り戻します。しかし、千夏はそこで疑問を抱きます。「私、すずのこと忘れてた。私……何のために頑張ってたの?優等生で、いつも正しくて……。すずって、本当に必要?」

  千夏はなぜ自分が優等生でいるために無茶ばかりしてきたのか、その本当の理由に気づきます。

 そう!!!森川千夏は穂村すず子の憧れに応えたいがためだけに無茶な学生生活を送り、セレクターバトルで連敗してきたのです!!!!!

 森川千夏は穂村すず子と違ってずっと池袋住みですし、性格も明るく社交的です。その上元から成績優秀運動神経抜群であったため、当然すず子以外からも大きく評価されてきたはずです。そんな人間に友達がいないわけがない、それどころかたくさんいたはずなのです!それでも、千夏が必要としてきたのはすず子からの評価だけだった!!!その他大勢からの評価は彼女が本当に欲していたものではなかったのです。単に、すず子がそばにいないから、代わりの尺度として使っていたに過ぎません。森川千夏にとっては穂村すず子が世界のすべてと言っても過言ではありません。彼女には優しい両親もいて、すず子以外の友達(こちらはちょっと問題ありそうですが、まさか2話に出てきた二人だけが千夏の友達ということはないと思うので一応書いておきます)もいるはずなのに、彼女が求める人間はすず子以外にいないのです。

 しかし!千夏はそうした自分の精神状態を正しく認識していません。彼女は自ら望んで8年前にすず子から投げかけられた言葉を内面化し、その規範に従って行動してきたはずなのに、責任をすべてすず子本人になすりつけます。恐らく千夏側の物語の推進力となる要素が「すず子の記憶を消したい」になると思われます。(今作のセレクターバトルでは、勝ち抜くと「記憶操作」の報酬が与えられる)すず子の物語の推進力が「千夏の記憶を失いたくない」なのとは対照的です。ティザーPV(今も公式サイトのスペシャルから閲覧可能)では、千夏の声で「自分の思うままに生きる」「私を縛る鎖……」などの台詞を確認できます。千夏はすず子を「自分が自由に生きることを妨げる障害」だと捉えて自分の記憶(どころかこの世界からも?)から消そうとしているのです。

 森川千夏の感情がでかすぎる!!!

 いやおかしいでしょ。親友の言葉を単に心の支えにするんじゃなくて自分の振る舞いを抑制する鎖にしてしまうって、どんだけ想いが深くて重いんだよ。森川お前どんだけ自分がすず子のこと好きかわかってる?んん?

 ついでに、すず子と千夏のこのへんの意識の差はルリグにも如実に表れています。

 すず子のルリグ・リルは千夏がモデルですが、普段は千夏らしい発言をしません。バトル中にすず子が弱気になったときなど、要所要所で発奮させるために千夏の言葉を引用してくるにすぎません。すず子はリルの言葉を通して千夏を感じ、戦う意志を持ち直しています。

 一方で千夏のルリグ・メルは普段からちーちゃんちーちゃん連呼しまくりです。(ちーちゃんはすず子だけの千夏の呼び方)千夏が「その呼び方やめて」と言うほどにしつこく、絶妙に千夏を苛立たせるタイミングですず子の台詞を引用したり、すず子の存在に言及します。

 ここからわかることは、すず子にとっての千夏は「自分を奮い立たせてくれる存在」であり、千夏にとってのすず子は「自分を翻弄する存在」だということです。(すず子と千夏の過去回想の食い違いやリル/メルのキャラ解説からもそのことが察せます)千夏は2話で気づく前から、深層心理で「すず子に縛られている自分」を認識していたのかもしれません。

 

終わりに

 ここまで読んでくださった方がいるのか疑問ですが(長すぎるので)もし読んでくださった方がいましたらこれだけは覚えて帰っていただきたいです。

私にちなすずを恵んでくださいお願いします!!!!!!

 

終わり