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君の手のひらの怪文書

とある百合厨のうわ言

森川千夏と私の自意識

はじめに

 はい、今回はぶっちゃけちなすずとほとんど関係ない記事です。最初は6話によってもたらされたちなすず観のコペルニクス的転回とそれに対する私のスタンスを表明する記事を書こうと思っていました。しかし、何度も繰り返し6話を咀嚼するうちにこういう考えが頭の大部分を占めるようになったのです。「あれ?森川千夏の思考回路って私のそれとそっくりじゃない?

 気づいたときにはめちゃくちゃ動揺しました。森川千夏に対してヘラヘラと「森川に惚れて人生ぶち壊されてえ〜」だの「顔がかっこいい〜性格が悪いところも好き〜」だの夢女子っぽいこと(?)を言っていたら、6話でいきなり自分の鏡みたいな思考回路を繰り出されてしまったわけですからね。

 そんなわけで、この記事の半分が6話の森川千夏の自解釈開陳、もう半分が私のどうでもいい自分語りで構成されています。基本的にインターネットでは自分語りが嫌われている印象ですが、私個人としてはインターネット・自分語りを見るのはかなり楽しいです。個人ブログなどで場所をわきまえてひっそりなされる自分語りもいいですが、不適当な場面でいきなり繰り出される自分語りも周囲の白い目や嘲笑含めて風情があっていいなと思います。ですので、私と似たような好みの方にとってはそれなりに面白い読み物かもしれません。ちなみにちなすず語りについては7話を見てからやっていこうと思ってます。それはそうと、二次元美少女の思考回路に自分を重ねてしまうことが百合に割り込む男並みの大罪であるような気がしてきました、許してくれ。

 

森川千夏(と私)の思考回路

 6話で一番衝撃的だったのは「最初に手を差し伸べたのは穂村すず子のほうだった(最初は2人の関係性が現在と真逆だった)」というところだと思うのですが、ここではその話をしません。また7話を見てから改めてそのお話をしたいと思います。

 では何の話をするのかと言えば、森川の回想シーンについてです。ここも相当な衝撃だったと思いますが、もしかしたら2話と同様にここの森川の心の動きが理解できなかった人もそこそこいるのではないでしょうか。(そういう人は間違いなくこのブログを読まない)というわけで、私なりにここの森川の気持ちを説明したいと思います。とはいえ、勝手に私が「あっ、こういうこと考えたことある、この発想の飛躍もやったことある!!!」と自分に引きつけて解釈しているので、制作側の意図や一般的に自然とされる解釈からは大いにズレてる可能性が高いです。いつもの通り、ある意味いつも以上に無益な与太話だと鼻で笑って下さい。

 まずは回想シーンにかぶせられた森川のモノローグを引用します。

いつもそうだった

嫌いだった

嫌いだった

私が欲しがってたものをなんの苦労もなく手に入れてしまうその笑顔が

嫌いだった

その笑顔を独占したくて歪な関係を築こうとした自分が

 はい、こうやって書き起こしてみると本当に逆恨み以外の何物でもなさすぎて変な笑いがこみ上げてきますね。きわめて善良かつ健全な人なら、最初の二つの「嫌いだった」の時点ですでに「なんでそうなるの???」と頭に?マークが飛び交っているのではないでしょうか。

 なぜすず子のことが「嫌いだった」になるのか。ここでの「嫌い」に結びついていく感情は三つあります。一つ目は「自分が絶対できない発想をいともたやすくやりのけてしまうことに対する悔しさ」、二つ目に「その発想でもって他人を引きつけるカリスマ的な能力への嫉妬」、そして最後に「自分だけを見てくれないことへの理不尽な怒り」です。うっわ最悪!!!でも全部めちゃくちゃわかる!!!!!

 まず一つ目の感情についてです。この回想シーンの直前、すず子は森川が思いもよらなかった戦法によって森川の攻撃を防ぎます。このとき、森川が自分で「私には思いつきもしない…」とモノローグして視聴者に感情を説明してくれています。そこから幼少期の似たような体験の記憶が呼び起こされるという流れです。回想のすず子は雨で遊べないはずの公園で、「長靴を脱いで裸足で駆け回る」という「私には思いつきもしない」奇策を取ることで目一杯楽しみます。

 もし誰かが自分なら考えつきもしないような素晴らしい発想を編み出す瞬間を目の当たりにしたらどう思うでしょうか。普通(と言うと語弊がありそうですがひとまずこれで)なら「すごい!」と感心するでしょう。でも森川(そして私)が真っ先に思うことは「悔しい」なんですよ。「すごい」と素直に感心する気持ちも当然あります。でも最初に去来する一番強い感情は「悔しい」なんですよね。

 なんて言い切ってしまいましたが、6話で明確にすず子に対する「悔しい」という感情が描写されたわけではないです。ごめんなさい。ですが2話以降の彼女の「負けない」ことへの異常な執着心を見て下さいよ。どうして森川はそんなにも負けたくないのかって、そんなもん負けたら死ぬほど悔しいからに決まってます。ていうか私がそうです。そんな彼女が自分より優れた発想を間近で見せつけられて悔しいと思わないわけありません。(断言)2話を見る限り「負けたくない」ってのは森川千夏という人間の9割9分を構成する「穂村すず子」を消し去った後でそれでもなお残る強い感情なわけですし、どう考えても私とお仲間の過剰な負けず嫌いなんだよな……。だってあの場面で「記憶を消したくない!」じゃなくて「いやだいやだいやだいやだ私は……負けない!」で覚醒ですよ?みんな勝ち負けどうこうより思い出や自分という存在を失いたくない一心で戦ってるのにお前は負けたくないだけかよ!!!!!すぐ勝ち負けにこだわるのすげえ気持ちはわかるけど割と良くない傾向だよ!?

 はい、というわけで次です。「悔しい」とくれば当然次は「嫉妬」です。「え?それは当然ではなくない?」と思った方、その通りだと思います。「悔しい」と思っても「なら私もこんな風になれるように頑張ろう!」と良い方向に悔しい気持ちを転化できる人はすごいと思います。皮肉とかではなく。

 森川はすず子に憧れられたい一心で「優等生」の仮面をかぶり続けていたわけですが、友達に囲まれるすず子を見て「嫌いだった/私が欲しがってたものをなんの苦労もなく手に入れてしまうその笑顔が」とか言い出すあたり、単純に他人から注目と尊敬を集めるのが気持ちよくて優等生ぶってた部分もありそうです。ていうかそもそも相手を独占するための方法として「憧れ」という形で相手を自分の下に置いた上で依存させようとするあたり、プライドがチョモランマよりも高いですね。ぶっちゃけこのへんもよくわかります。人からすごい!って言われるのってマジでめちゃくちゃ気持ちいいもんな、できることなら人の下につくよりも上に立ちたいもんな、わかるよ森川。(最悪の共感)

 このようにプライドが天より高くて過剰に負けず嫌いで人から注目を集めるのが好きな人間はなんでもすぐに嫉妬して勝手に表情が曇ります。簡単に言うと「なんでこいつにできて私にできないんだ、しかも私よりこいつの方が注目されてる、クソッ」みたいなやつです。この感覚は相手を格下に見てなくても普通に発生してくるのが厄介です。というか、明らかに相手の方が能力的に上だと自覚していても勝手にこの感情は発生してきて無理になります。

 それと「なんの苦労もなく」のくだりとかすげえ言いがかりだと思うじゃないですか。でも嫉妬心で脳が埋められてるとそういう言いがかりがバンバン脳内で渦巻きます。「私は頑張っても友達できないのにこいつはヘラヘラ笑ってりゃすぐにすずちゃんっつって人が集まってくるからいいよな〜〜〜」くらいのクソみたいな言いがかりが普通に出てくるので本当にダメです。悔しい気持ちが向上心と同時に嫉妬心にも結びつき、さらにそれは相手を貶めたり嫌ったりする感情にも容易に接続されます。書いてて本当に最悪だな……とヘコんできました。

 ラストです。ここまでとは毛色が違って、三つ目は「自分を見てくれないことへの怒り」です。これも前二つに負けず劣らず自己中心的な感情ですね。これも嫉妬の一種ですが、二つ目の嫉妬と違うのは説明せずとも明らかです。森川のモノローグにある通り、別名独占欲とも言います。

 勝ち負けや立場の高低に対するこだわりとは別に、普通に人を好ましく思う気持ちもあるわけなんですが、なぜか森川と私はこっちも拗らせてます。ちょっと他の子と楽しそうにしてるくらいで機嫌悪くなるの本当にどうかと思う。……と言いつつ、こっちの感情は今ではもうほとんど私の中には残ってません。(前二つの傾向も今では大分薄まりました)今の私には特定の誰かを独占したいみたいな欲望は全然なくなってしまいました。いやまあときどき誰かと相互依存関係になりてえ……みたいなことをぼんやり思わなくもないですが、普通に友人と適切な距離感を保ちつつオタク趣味に全力投球している方が楽しいです。

 はい、ここからスーパー自分語りタイムに入ります。

 今では独占欲ないよと言いましたが、小中学生の頃には森川ほどではないものの、結構な独占欲が渦巻いていました。特に小学校低学年のときですね。当時すごく仲の良かった女の子がいて、その子に対してそれを感じていた記憶があります。通学の道がかぶっていたので毎日一緒に登下校していたのですが、仲良くなって最初のうちはその子には私より仲のいい(と少なくとも私にはそう見えた)子がいました。一番印象に残ってるのがその二人が並んで歩いてるのを後ろから眺めたときの記憶で、背丈が同じで髪型のニュアンスも似てて、並んでると姉妹みたいだったんですよ。なんかそれが悔しかった記憶があります。でもその私より仲良しそうに見えた子はしばらくして転校してしまいました。そのとき「私より仲良い子がいなくなった!」みたいなアレで内心うれしい気持ちがあったのも覚えてます。わあ立派な嫉妬心だね。でも逆に、そこで「相手も自分に依存するように仕向ける」という行動に出て、なおかつそれを成功させた森川千夏がいかに有能かつ深刻な依存女であったかがわかります。ハイスペック美少女が本気で依存行動に出れば相手を共依存沼に突き落とすことは造作もないことのようです。怖い。

 余談ですが、その仲が良かった子も小学校3年(4年だった可能性もある)のときに親の転勤が理由で転校してしまいました。転校直前の席替えで先生が「〇〇転校するし、お前ら仲良いから特別な!」と言って席を隣同士にしてくれた記憶があるので、客観的にも仲良しに見えてたんだと思います、多分。文通の約束もしました。まあ結局1、2通やり取りしただけですぐに出さなくなってしまいましたが。それと、その子の当時の髪型は穂村すず子にちょっと似てましたね、前髪パッツンのツーサイドアップ……。

 はい、同人誌のあとがきにありがちな「彼氏との実体験です♡」並みにウルトラキモい自分語りはやめろ、というかまあこれはただの箇条書きマジックです。こういう話は津々浦々にありふれてますし、探せばもっと、真にちなすず力の高い幼なじみエピソード持ちの女性が見つかりそうです。そういうエピソード持ちの方はこっそり私に思い出話を耳打ちしてくださるとうれしいです。「ちなすずじゃん……」っつってニコニコするので。

 

 そういえば、まだ森川モノローグにおける最後の自分自身に対する「嫌い」についての解釈を記述してませんでした。そっちについて書いたら終わりにします。

 ここでの「嫌い」は自分に対するものですが、これは自分の中に自分の言動を客観視して批判する自分が存在していると生じる感情です。森川もここまで書いたすず子に対する理不尽な嫉妬・怒り・独占欲の存在を認識し、かつそれが身勝手であるとちゃんと理解しています。

 そうなると一つ疑問が浮かびますね。「じゃあなんですず子に当たり散らすの?自分が悪いってわかってるんだよね?」はい、その通りです。たいていの人は自分の中に自分の言動を批判し反省を促すような客観的立場の自分というものを持っていると思いますが、森川と私の場合、反省を促して次につなげるというより自分自身を責めるだけの役割しかしてくれません。要するに自己嫌悪ってやつですね。「こんなことするなんて私って最悪、マジでキモいしありえない」みたいな自分自身を否定する感情が募っていくのですが、ここで最悪なのが元々あった他人に対する理不尽な悪感情はなくなってないという点です。

 「すず子を理不尽に嫌う感情」が「自分自身を嫌う感情」に置き換わるのではなく、前者が保持されたままさらに後者の感情が加算されます。こうなってくるともう代入された感情の値がデカ過ぎて脳がバグり出すんですね。「あいつ嫌い、でもそんなこと考える私が最悪、嫌い、いやだけどやっぱりあいつが悪い、でもやっぱり…」みたいな感じですべてが無理になり思考が停止します。加えて森川はすず子が嫌いなわけではなく本当は好きで好きでたまらないわけです。「悔しさ・嫉妬由来の純粋な「嫌い」/その理不尽さに対する自己嫌悪」とは別の位相に、「独占欲由来の「好き」と表裏一体になった「嫌い」/独占しようと最悪な行動に出てしまう自分に対する嫌悪感」が存在しています。こうなってくるともうだめです、感情があまりにも混線しすぎています。

 ここまでくればもう自分の中で感情を処理するのは不可能です。相手に当たり散らす以外の選択肢が消えます。ここで働く論理は「うるせえそもそも私がこんなにいろんな感情に押しつぶされて辛くなってんのは全部お前が存在してるせいじゃねえか!!!理不尽だとかそんなもん知るか消えろ!!!!!」です。すごいね、自己批判的な感情もまとめて無視して相手に八つ当たりです。いやあ本当に最悪ですがめちゃくちゃ理解できます。って勝手に自分の思考回路に沿って森川千夏を解釈しようとしてるんだから当たり前ですね、すみません……。でもこの回想の後の森川の台詞が「要らない!私の中の貴女は全部消えて!すず!」で、もう考えるのは止めました感がすごいので意外といい線行ってる解釈なんじゃないかな〜とか思ってみたり……。

おわりに

 気持ち悪い文章読ませてすみませんでした。あまりにも森川の思考回路が自分のそれ(特に幼少期から思春期にかけての自分)に近似しているように見えたのでこんな胡乱な記事を書いてしまいました。もうだめだ、森川千夏に完全に呪われている、助けて欲しい。以上です。ここまで読んでくださった方、本当に申し訳ありませんでした。